仕事用のめもとか。

メディア等気になることを適当に。

柳田國男『明治大正史世相編』(1931)

第三章 家と住み心地

三 障子紙から板硝子

(明治に入って、日本家屋の外界との仕切りが、紙の障子(明かり障子)や窓ガラスに変わったこと、家の中が明るくなったことで、中仕切りが設けられるようになったことなどの影響を述べ)

 

家の若人が用のない時刻に、退いて本を読んでいたのもまたその同じ片隅であった。彼等はおいおいに家長も知らぬことを、知りまたは考えるようになって来て、心の小座敷もまた小さく別れたのである。夜は行燈というものができて、随意にどこへでも運ばれるようになったのが、実は決して古いことではなかった。それが洋燈[ランプ]となってまた大いに明るくなり、次いで電気燈の室[へや]ごとに消したり点[とも]したりし得るものになって、いよいよ家というものにはわれと進んで慕い寄る者の他は、どんな大きな家でも相住みはできぬようになってしまった。自分な以前の著書において、これを火の分裂と名付けようとしていたのである。

 

ちくま文庫版(1990年) p.100

 

※個人化@明治時代、みたいな。