それなんてマクルーハン?あるいは受け手の参与スタンスを決定づけるのってなんなんだロ。
■ARTIFACT ―人工事実― : ケータイ族=テレビが好きな層と考えてみる
見た瞬間、あ。マクマク図式。と。
マクルーハン、メディア論についてはもう超古典なのですが、なんつーかアノ思いつき書いてるだけじゃね?というスタイル*1とアノ読まれ方*2でなんつーかもう、非常に扱いにくい人なんですが...
上で言われていることってマク語*3だと
- ホットなメディア(情報密度が濃く受け手があんま補完しなくてもいいメディア)
- クールなメディア(情報密度が薄く、受け手がいろいろ脳味噌動かさないといけないメディア)
に一般的な要約としてはなると思うのですがちょっと待て。
PCねとわく文化は概して受け手が動くことが前提となっているのですが、携帯ねとわく文化よりは情報密度こゆいよ!一応!
...情報密度の薄い濃いって、マクのラジオ→テレビ時代には受け手のスタンスを決定づけるもののように見えた...けれど、本質的にはそれとは別のところで受け手に参与のスタイルを促すよーななにかがイロイロ動いているんじゃないかという気がしました。みたいな。ユーザビリティ?そのメディア機器を使うために必要なスキル?立ち上げにかかる時間と手間?などなどなど。